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【プロフィール】タクヤの道のり

こんにちは!

タクヤです。

ここではぼくのなんでebay輸出を始めたのか、どんなことがあって起業することになったのかタクヤの半生をお話ししたいと思います。

タクヤの過去なんて興味ないな〜という方もいるかもしれませんが、もしかしたらぼくと同じことで悩んでいる方の悩みを少しでも軽くできるんじゃないかな、
そう思ってちょっと恥ずかしいですが、なんで僕がebayを始めるに至ったのか全部書き出してみました。

くっだらない内容かもしれませんが、これを読んで1人でも多くの方に前に進んでみようかな、そう思ってくれたら書いてよかったなと思います。

幼少子ども時代

ぼくは裕福でもなく特に貧乏でもない家に生まれました。

昔から人懐っこくはあるけど、目立つ方でもない。そんな子どもでした。

記憶があるのは小学校の頃からで兄弟がいなかったので、物心がついたときには犬といました。

そのせいもあってか犬はいまでも大好きです。

どんな過ごし方をしていたか。覚えているのはずっと外で遊んでは、家の中でゲームをしていたのを覚えていますね。

当時狂ったようにやっていたのはポケモンとたまごっち。育成系のゲームが好きだったのかもしてません。

スポーツは小学校二年生の頃から近所のバスケットボールクラブに入っていました。

多分理由は親が共働きのため親の手間がかからないことと、スポーツするための維持費が他のスポーツと違ってかからないこと。

本当は野球がやりたかったけど、野球は保護者の参観や協力なんかが結構かかるって言われて諦めた記憶があります。

その時から結構何でもかんでも聞き分けのいい子どもでした。

そんな内向的なのか外交的なのかわからない子どもでしたが、意外と勉強はできる子でした。

転落の小学校時代から中学時代へ

そのまますくすくと成長していたタクヤ少年にある転機が訪れます。

それはいじめ。

見事に小学校の五年生からいじめの標的にされいじめられ出しました。

スポーツも勉強もそれなりになんでもできてしまうし、交友関係もそれなりに広い。

しかし大人しくて年上に贔屓にされやすい子ども。

いじめっ子から見たらいじめたくなる性格だったんだろうなと今になると思います。

いじめられているときは学校に全く行きたくなくなりました。学校の校門の前まで行くとお腹が痛くなる。

ただ、いじめといってもいじめグループの中で誰も喋ってくれないとか無視される程度のものだったので、なんとなく通つづけ、小学校の卒業を迎えます。

ぼくの学校があった区域は小学校が2校と中学校が1校だけある田舎だったので同じ小学校のメンバーはもれなく中学校に上がります。ただもう1つの小学校のメンバーとも合流する。

そして中学でもこんな生活が続くのかなーと人ごとのようにぼんやり思いながら、中学校に進学し、転機が訪れます。

入っていたバスケットボールクラブの友達たちが、実はもう1つの小学校のボス的なグループだったのです。

最初で最期のモテ期到来

その友達たちとぼくはかなり仲良しで、なまじ運動神経もそれなりによく認め合っているような仲でした。

小学生の頃ぐらいではよくあることですが、単純に走るのが早いとか運動神経がいいとかですごく仲良くなってたりしますよね。あれです。

小学校版M&Aにより統合された中学では、ぼくをいじめていたグループは完全に小さくなりいじめは完全になくなりました。

その辺りから学校に行くのが楽しくて仕方なかったですね。

中学になってからは学校のバスケットバールクラブに所属していましたが、小学校からのアドバンテージがある分、無双状態でした。笑

そのせいもあってか中学一年の時からスタメンに選ばれ(これが後に先輩からのいじめの引き金になるのですが)、毎日バスケのことしか考えていない青春だったと思います。

そんなタクヤに人生の転機が訪れます。

モテ期が到来したのです。

人生に3回しかないというアレです。

正直自分でもなんでモテていたのか全くわかりませんが。

今思えば、最初で最期のモテ期でしたね。人生分使い切ったんでしょうね。笑

でもぼく自身はバスケに夢中だったので、特に誰かと恋仲になるってことはありませんでした。

タクヤ初めての彼女ができるの巻

そんなこんなで、中学一年が過ぎ二年の春になった頃、ぼくに好きな人ができました。

すっごい唐突になんの脈絡もなくいきなりあるクラスメートをすきになりました。

一目惚れってやつです。

そして幸か不幸か告白し振られました。(モテ期どこいった)

その何ヶ月か後、今まで色々と恋愛の相談に乗ってもらってたクラスメートと付き合うことになります。(アオハルかよ)

恥ずかしすぎるので詳細は省略しますが、相談してるうちに仲良くなって、「実はタクヤのこと好きなんだよね」って告白されるあれです。(だからアオハルかよ)

その子とは別々の高校に行き2年ぐらい付き合った後に別れることになりますが、いまでも良い思い出です。

そんなこんなで楽しい中学時代を過ごし、高校に進学します。

何を思ったか医者を志す

高校はそれなりの進学校に行きバスケ部にはいったけど、高校全体がハイな感じで、前回の学校で中学の時のノリと随分違い合わないなーと思いながら、半年ぐらいで辞めそれからはだらだらと過ごしていました。

もともとぼくはオタク気質なので、図書館に行ったり地元の友達とたまにあってゲームするくらいで中学の時と違って高校自体に楽しさは全くと言っていいほどありませんでした。

ただその持て余した時間でオタク属性が、読書やネットの海により爆発し圧倒的な知識や経験が蓄積されて行きます。

今思えば持て余した一人の時間があってのいまの人格が形成されたような気がします。

持て余した一人の時間は、ただひたすらにゲームしたり、オカマバーに行ってオカマと喋ったり、棒が倒れた方向に飛行機で旅行したり、バイトしたり、アニメを貪るように見まくってましたね。

そんな時、見ていたアニメのキャラのセリフで自分の人生の方向を変えるセリフに出会いました。

NARUTOというアニメのシカマルというキャラが師匠を暁に殺され、一人で将棋を差してるときのシーンですが、「次代の子供を守ること」が大切という感じのことを言います。

なぜか分からないけれどそれにめちゃくちゃ感化され、そこから小児科の医者を目指すことを志します。

ぼっち大学時代

医者を志しそこから猛勉強することになりますが、狭き門。

結局医学部に合格することはできませんでしたが、勉強はそれなりにしたので地元の国公立大学の農学部に入学することになります。

この時の大学1年も高校に引き続きボッチ。

ただ時間と行動力が有り余っていたので、大学にいる留学生に話しかけては友達になり気づいたら周りの友達は外国人だらけになっていました。

そんな環境にいたので、大学の時バイトでお金を貯めては海外に旅行に行くという生活を繰り返していました。

やったバイトは自衛隊補助、ごみ収集、引越し屋、本屋、塾講師、パン屋、粗大ゴミ解体などなど。

行った国は、ベトナム、フランス、シンガポール、インド、ドイツ。

どれもこれも経験値ばっかり溜まって行きましたが、特に何かアウトプットするわけでもなくアクティブニートな状態がしばらく続き、そのまま大学院まで進学し卒業後、流れに流されるまま研究者として大学に就職しました。

地獄のブラック企業時代

ぼくの勤め先の研究所は超ブラックな職場でした。

もう先が見えないほど漆黒のブラックです。

朝7時前に家を出て、深夜25時や26時に帰ってくることも普通でした。

当然休みなんてありません。土日は“やる気”があるやつは来る、のが慣習です。

夏休みも、もちろんGWも大晦日も正月もないです。

もちろん残業代は出ません。上司から毎日無理難題を言われ、口答えすると脅されて丸め込まれます。

それでも、必死にしがみつくしかありませんでした。それで給料は手取り11万4千円です。そんな仕事をずっとこれからも続けていく。

これから30年間ずっと。

ストレスがたまり、病気にかかったり、発散のためにお酒を毎晩深夜まで飲めるだけ飲んで、倒れるようにして眠る。

そこから、満員電車で職場に向かい、激務をこなす。
帰れたら帰り、また酒を飲めるだけ飲む。この繰り返しでした。

恥ずかしい話、本気で自殺しようと思ったことさえありました。

でも、死ねば今の環境から逃げられる。毎日つらくて、つらくて本当に死にたい、それがぼくの毎日でした。

でも死ねませんでした。

やっぱり親の顔が浮かんでしまいました。

そして思いとどまる。

ただ、これを繰り返していくうちに
その申し訳ない気持ちもだんだん薄れていきます。それでも職場での辛い気持ちは毎日、溜まっていく。

今健康な頭で思えば、じゃあ辞めればいいのにって思いますが、できませんでした。

その仕事は国立大学の研究員。“見栄え”が良く周りが応援してくれて期待してくれていたからです。

口が裂けても辞めるなんて言えませんでした。

辞めると言うくらいなら、それなら自分がいなくなればそれですべて終わるんだからそうするって考え方でした。

そうして心がボロボロになっていきました。

唯一の希望

ただそんなぼくにも、ひとつだけ希望がありました。

好きな人がいました。

職場の後輩なのですが、彼女のプロジェクトでわからないことは、いつも頼ってくれて、ぼくもできるだけ応えて助けるようにしていました。

そんな甲斐もあり、彼女に対するぼくの印象も少しずつ良くなったのか、一緒にご飯を食べに行く間柄になり、二人で出かけるようになり、少しずつ親密な関係になっていきました。

ぼくは今のプロジェクトが完成したら、告白しよう。なんて恥ずかしいながらも、希望をもっていました。

この人を幸せにできるなら、頑張れる。なんでもできる。そう心に決め必死に日々の業務をこなしていました。

トドメの一撃をくらった話

それが2019年の12月の初め頃でした。

そんな中、会社の忘年会がありました。

その飲み会の中で、ぼくの同期の男と、その女の子の交際が発表されました。

自分の好きだった女の子が同期に取られました。

ただそれだけ。

でも、当時の僕にはトドメの一撃でした。

ぼくの中で何かが崩れていきました。

同期とその子が付き合っていることは会社の飲み会でみんながいる前で発表されたんですが、ぼくはそれを歓迎しました。

必死で作り笑いをしながら。

一生分の“おめでとう”を言いました。

言い終わった後、ぼくは中座して帰りました。

真っ暗な帰り道、ただただつらすぎてどうやって帰ったか覚えていません。

小さな男の大きな決断

しかし、その帰り道、ぼくは最後に、本当に最後にしぼり出した、たったひとつだけの”欲望”を持ちました。

“自分の力で、生きてみたい。”と。

女の子に振られた惨めで、みすぼらしくて、自信のない小さな男にしては、それはとても大きな決断でした。

それが2019年12月28日のことでした。

ebay輸出に取り組む

そこからぼくは必死にその方法を探し始めます。

お金はありません。

仕事以外のスキルもありません。

人脈もありません。

でも、信念だけはありました。

そしてGoogleで 「ネット / 稼ぐ」なんて探しているうちに、ebay無在庫輸出と出会います。

今まで“ebay”という言葉は聞いたことはありませんでしたが、知れば知るほど、希望に溢れていました。

この無在庫輸出というものを知れば知るほど、すごすぎると思いました。
売れてから仕入れる?!
こんなノーリスクな商売あるのか?!

こんなすごいのになんでみんな知らないんだ?!

毎日毎日、通勤中の満員電車で食い入るように情報発信者のYoutubeを見ていました。

すごい、、、怪しい、、、でもすごい!
本当にこれが実現できれば、自由になれる。。。

もうそこからはebayというものに興味が湧いて仕方ありませんでした。

そして、忘れもしないebayを始めたのが2020年1月12日でした。

冒険の始まり

ここから冒険は始まりました。

この瞬間から人生は大きく変わり始めます。

女の子に振られた惨めで、みすぼらしくて、自信のない小さな男として生きて行くはずの運命が、
自信に溢れ、希望に満ちて、自由な人生を取り戻すための運命に。

未来への希望

その当時の持ち金は全額で1583円と一枚のクレジットカードだけでした。

その全額を握りしめて買った、希望にまみれた中古のドラゴンボールのフィギュアを今でも覚えています。

そう、初めてのebayへの出品した商品です。

もちろんそんなに甘くはなくて、売ってみたけどなかなか売れず。
でも全く気になりませんでした。

なぜならこれで、生きていけるかも知れないって希望が持てたからです。

そこからはもうガムシャラにebayについて勉強しました。

それでも、最初の月はトータルで10,000円の赤字でした。

でも諦めないでずっと勉強は続けて、ebayを初めて2ヶ月目にして、ようやく初めて無在庫で黒字の商品が売れました。

一番初めにちゃんと利益が出たのはゲームボーイでした。いまでも忘れません。ありがとうあの時のゲームボーイ。

そして、そのときはもうめちゃくちゃ嬉しくて、嬉しくて。

これで生きていける。本当に生きていけるぞ。

そう感じて、その日は何度もなんども目を輝かせてガッツポーズしました。

それからの自分。これからの自分。

もちろん時々不安に苛まれることもありました。

研究の空き時間や電車の中でebayのリサーチをこっそりやって、
大学から帰ってくるのは遅い時間なので、売れた商品を家で梱包し、翌朝リュックの中に詰め込んで会社の昼休みを削って郵便局に出しに行く。

そんな日々を過ごす中で、おれ、、、なにやってんだろう、、、毎日そう思っていました。

でも、こんなことでは辞めませんでした。

小さな男がしたあのとき決断は本気だったからです。

どんなことがあっても一年間は絶対に続けると決めていました。

ただもしこれで一年間やって見てダメなら、諦めようとも決めていました。

諦めるときは、大げさかもしれませんが、僕の運命はそこまでだったんだと。

だからもう必死に頑張りました。

人は変われる。いつからでも。何にでも。

そして、いまでは安定してebayで収入を仕組み化によって時間を作り、会社をきっぱり辞め独立するまでになりました。

もう仕事が苦しくて死にたいなんて全く思ってません。

むしろ毎日ワクワクしてどんなことをしようか楽しいくらいです。

ぼくは自由を手に入れることができました。

自由だけでなく、時間も、居場所もです。

ebayを初めてからというものたくさんの仲間もできました。

今なら理想に近づいていると胸を張って断言できます!

次に展開するビジネスは何にしようか、ワクワクして毎日を過ごせるようになりました。

 

さぁ、つぎはあなたの番。

ebay輸出でなら、変えられます。あなたの人生を。